ネッド・ハーマン
ハーマンモデル創設者
その後、1970年代に人材開発部門に転じ、1970年代後半にハーマンモデルを開発、1983年にスピンアウトし、Herrmann Internationalを設立、ヨーロッパ・アジア・中近東・中南米などでのハーマンモデルの普及に努めました。
ハーマンモデル開発
ネッド・ハーマンは、1970年代にGE社の人材開発部門に転じ、「社員の創造性を開発したい」という思いの元社員教育を行う中で、「自分が同じ教材を使って同じ内容を教えているのに、人によって学習効果が異なるのはなぜなのか?」という疑問を感じました。そして、「それは人間の脳の個性の違いに基づくのではないか」との仮説を立て、外部の学者や研究機関と提携して数多くのデータを取り、上記仮説が正しいことを検証しました。
この仮説検証の過程から、ハーマンモデルが生まれました。
つまりハーマンモデルは、「社員一人ひとりが脳の個性を理解することで、個人と組織の価値創造力を開発し、ビジネスの発展に貢献したい」という思いから生まれました。
脳の個性は世界でただ一つ
ネッド・ハーマンがハーマン脳優勢度調査(HBDI®)をベースとして開発したハーマンモデルは、「脳の個性は世界でただ一つであり、一卵性双生児の場合でも、学校で何を勉強するのか、社会に出てどのような仕事をするのかによって、脳の個性の違いが現れてくる」と言っています。このことは、「各人が生まれつきによって自分の将来が決まってしまうのではなく、学習、努力によって自分を変えることが出来る」ことを意味し、各人の人生に希望を与える源となっていることを示しています。
ネッド・ハーマンは、1999年12月24日に70代後半で死去し、21世紀を見ることなく亡くなりましたが、その死後アメリカ人材開発協会(American Society of Training & Development = ASTD)により、下記の特別表彰を受けました。
「ネッド・ハーマンは20世紀の教育界にルネッサンスをもたらし、教育界の発展に多大な貢献をもたらした」
〜「ルネッサンス」は日本では「文芸復興」と翻訳されていますが、ルネッサンスに最大の貢献をしたのは、14世紀後半のイタリアの財閥であるメディチ家が染料の開発の為にアフリカ北部に社員を派遣し、数多くの種類の植物の標本を収集し、多種の染料を開発したことだとも言われています。それにより、それまで教会の壁画に描かれていた人物は同じようにくすんだ色で表現され、個性による表情の違いが表現されていなかったのに対し、新しい染料で描かれたラファエロ、ミケランジェロなどが描いた壁画は、各人の表情に個性の違いがはっきりと現れました。これがルネッサンスの始まりと言われています。
